いままでのコラム

タンゴの話 30 <戦後高松のタンゴ風景(1)>

  今では一つも残っていないが、1950年代の高松にはキャバレーが4軒あった。「レインボーガーデン」「ハスイ」「ニュートキワ」「メトロ」。そこではジャズとタンゴの楽団がそれぞれ30分づつ交替で生演奏していた。楽団が交替する直前には必ずワルツ。それが合図で客もダンサーも一休みする。無論まだタンゴ楽団にはバンドネオンが無くアコーディオン一挺のみ。ボクは叔父貴の経営していた店で時折、舞台の楽団に無理をいってヴァイオリンを弾いたりした。驚いたのは「ラ・タブラダ」。3連ピッィカートに特徴のあるカナロの名作だがこの曲、高松では何と戦前から楽譜が出回っていたというから吃驚。早速、番組で紹介したのはいうまでもない。

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