いままでのコラム

タンゴの話 84 <続「エル・オンセ」>

タンゴ「エル・オンセ」はフランシスコ・カナロ作の「エル・インテルナード」と関わっている。ブエノスアイレス医科大学のインターン生が1914年9月に初めて舞踏会を開いて評判になった。出演楽団はフランシスコ・カナロ率いるオルケスタで、カナロはこの時「エル・インテルナード(インターン医学生)」を作曲して献呈、初演した。この会は毎年開かれ出演楽団も様々だったようだ。その第11回目が1924年9月21日(毎年の春分の日だったようだ)、ビクトリア劇場で大規模のダンスパーテイが開かれ、選ばれたオルケスタがオスバルド・フレセド楽団だった。フレセドはこの時の為に「エル・オンセ」を作曲献呈し初演した、というのがこの曲名の由来だ。なおこのパーテイはこの時が最後になったらしい。以上がこの曲にまつわる現在の定説となっている。エル・オンセ駅やオンセ広場とは何の関係もないという経緯にはややガッカリの感だ。

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