いままでのコラム

タンゴの話 83 <「エル・オンセ」>

オスバルド・フレセド作曲の名作タンゴ「エル・オンセ」はそのまま訳して数字の「11」だ。数字や月日を曲名にするタンゴは幾つかあるがその中では最も有名な曲だ。1965年頃、ボクは父が新築したビルの4階にナイトクラブを開き国道11号線(当時・現在は県道に格下げ)沿いだったので店の名を「エル・オンセ」と付けた。その頃は高松では全く珍しい厳しい会員制のクラブで発起人には2013年に亡くなったタンゴ不世出の名歌手・藤澤嵐子の名前もあった。68年に渡亜した際ブエノスアイレス市のエル・オンセ駅やエル・オンセ広場などを訪ね歩いたが、どうにも店のPRに繋がる材料は見当たらなかった。それでもJCIの国際会議で訪れたマル・デル・プラタ(著名な避暑地でA.ピアソラの生地)では、カジノのルーレットで「11」に張り続けてそれなりの成果を得たので、やはりこの数字に自信をもったのだ。

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